黒の日。
高速を疾走する。
既に、メーターは時速110キロを少し越えた事を告げていた。
カヲルという名を付けた、彼の黒いオープンカー。
同じ色のスーツに身を包み、同じ色のサングラスを掛けた男がハンドルを握っていた。
海に近い、少し古惚けた様な感じさえする、小さな町の、小さな墓地。
毎年、同じ日に、訪れる。
小さな丘の上。
低い壇差の続く階段を緩々と昇ると、手にしたコスモスの束が目の端で揺れた。
小さな丘の上に立つ。
彼は少し立ち止まる。
何か言いたい様に口を少し開け、そうしてきつく結んだ。
墓地に入って、その瞬間に空気が変わり肌がピリピリとする。
色んな想いが、声を、あげている所為だ。
入ってスグの、十字架の彫ってある長方形の石が乗る墓が、彼の大切な人の眠る場所。
彼はコスモスの花束を、ゆっくり墓石の前に置いた。
「センパイ。」
彼は口を開いた。
其れは話し出しの言葉だった筈なのに、彼は其れ以上何も言わなかった。
只、きつく結んだ唇はいつの間にか少し緩み、微笑んでいる様にさえ見えた。
徐に煙草を取り出し、銀色のジッポをポケットから出して火を点ける。
そして、胸ポケットから先程と違う銘柄の煙草を取り出し、コスモスの横に置いた。
何年と見てきた光景だった。
「帰ろう」
いつの間にか彼は踵を返していた。
私は只頷き、彼の後姿を見つめ続けた。
階段の途中、私は振り返る。
ミルクティのような色の髪をした青年が、甘く微笑んで、手を振ったのが見えた。
高速を疾走する。
いつの間にか赤く染まる海を見つめながら。
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